豊穣の音楽世界

モーツァルトの学習
神童モーツァルトも時代の子でした。モーツァルトは同時代の、あるいはそれ以前の音楽を学習し、吸収しながら、音楽家として成長していきました。(下は、チェンバロを弾くモーツァルトの肖像画)
幼年時代のモーツァルトは、父レオポルトが編んだ「ナンネルの楽譜帳」で音楽の基礎を学び、続いて、モーツァルト家にあったハフナーの曲集で本格的な作品を勉強していったと考えられます。
これは、ニュルンベルクの出版業者、ヨアハン・ウルリッヒ・ハフナーによって出版された曲集です。
William S. Newman の The Sonata in the Classic Era によれば、ハフナーの曲集は1742年から66年にかけて出版されましたが、このうち鍵盤楽器のための作品については、1755年か66年の間に19巻に分けて出版されました。
そこには、65人の作曲家による114曲のクラヴィーア作品が、これらの作曲家が活動した都市や宮廷別に収められています。
バロックから古典派へという音楽様式の重要な転換期にあったこの時代、ヨーロッパのあちこちで有能な音楽家たちが活躍しており、モーツァルトは、これら同時代の音楽家の作品を研究し、取り入れながら、自らの作風をつくりあげていったのでした。
優れた音楽教師であった父レオポルトが息子に与えた教材は、彼が書き残した膨大な手紙などによれば、大バッハやヘンデルのバロック作品ではなく、自分と同世代、あるいは少し前の世代の作品であったように思われます。
モーツァルトが大バッハとヘンデルの作品と向き合うのは、二十代の半ば、ウィーンに移り住んでからのことです。
このように、幼年時代、少年時代のモーツァルトに影響を与えたのは、バロックから古典派へという音楽様式の転換をになった音楽家たちでした。
レオポルトはモーツァルトを、ヨーロッパのあちこちの宮廷に連れて行き、クラヴィーアの名人芸を披露させます。そしてモーツァルトは、ウィーンで、パリで、ロンドンで、そしてほかの都市で、実際にたくさんの音楽家たちと出逢い、彼らの作品や演奏に実際に接することになりました。その中で最も重要な人物は、大バッハの末の息子、ヨハン・クリスティアン・バッハです。
音楽家たちとの交友

モーツァルトは少年時代から鋭い批評眼を持っていました。ほかの音楽家のことを厳しく批判した手紙がたくさん残っています。ソナチネの作曲者、ムツィオ・クレメンティのことも「いかさま師」などと罵っています。
そのような中にあって、ヨーゼフ・ハイドンに対しては終生変わらぬ友情を保ち、尊敬の気持ちを抱き続けたようです。ハイドンに出会う前から彼のクラヴィーア・ソナタを研究していますし、カルテットの分野でも大きな影響を受けました。
また、音楽の都ウィーンにはたくさんの音楽家が活動していましたし、この音楽都市を訪れる音楽家もたくさんいましたから、モーツァルトは彼らとも交遊がありました。クリストフ・ウィリヴァルト・グルックアントニオ・サリエリフランツ・クサーヴァー・ドゥシェックレオポルト・アントン・コジェルフなどです。
モーツァルトの音楽は、死後ロマン派の音楽家たちをはじめ大きな影響を与えましたが、直接影響を与えたのは、ヨハン・ネーポムク・フンメルベートーヴェンでした。
フンメルは一時期モーツァルトに師事し、モーツァルトの演奏法などを直接後世に伝える役回りを演じましたが、その解釈や音楽性については、批判があることも事実です。
生前のモーツァルトとベートーヴェンとの関係についてはわからないことが多いのですが、モーツァルトの死後ウィーンに移り住んだベートーヴェンは本格的にモーツァルトの作品を研究し、大きな影響受けました。

比較を通じて
モーツァルトが短い人生を駆け抜けた18世紀後半のヨーロッパ音楽は、このように興味が尽きない豊穣の世界です。モーツァルトの音楽を理解する上で、モーツァルトと同時代の音楽家の音楽を知ることはとても重要だと思います。そして彼らの音楽との比較は、モーツァルトの音楽の比類のなさが一体どこにあるのかを理解する上でも大きな助けになることでしょう。
私はこれまで十年以上にわたって行ってきたレクチャーリサイタルで、モーツァルトと同時代人たちの鍵盤作品を弾き、その作風に触れてきました。それらのいくつかは、モーツァルトの作品と驚くほど似通っていますし、また逆に、モーツァルトへの影響が繰り返し指摘されながら、実際に弾いてみると全く違っている作品もあります。
それらの作品を曇りのない目と耳で蘇らせ、これらの作品との比較をも通じて、モーツァルトの作品自体の魅力を感じたいと思います。
私のサイトで取り上げる作曲家はまだ38人で、この時代に活躍した音楽家のほんの一部に過ぎませんし、まだかなりのページが作成途上です。
演奏活動の合間を縫って少しずつ書き加え、また、彼らのクラヴィーア作品についても少しずつ録音し、MIDIで入れていきたいと思っています。

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