ハイドンとモーツァルト

  Yuko HISAMOTO  CD

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久元祐子 《ハイドンとモーツァルト》 (2009/10/7)  


2009/10/7
コジマ録音
ALCD - 9089
定価  2500円

録音 2009年4月8、9日 6月4,5日
キラリふじみ

fortepiano : アントン・ヴァルター

モーツァルト :ピアノ・ソナタ ハ長調 KV279(189d) 
ハイドン:ピアノ・ソナタ ヘ長調 Hob.]Y−23
モーツァルト :ピアノ・ソナタ ヘ長調 KV280(189e)
ハイドン:ピアノ・ソナタ 変イ長調 Hob.]Y−46
モーツァルト・ピアノ・ソナタ 変ロ長調 KV281(189f)

ピアノ:久元 祐子      
Producer : Tomoko Tsuji  
Director, Recording Engineer : Yukio Kojima  Assistant Engineer : Kotaro Yamanaka
Editing : Takako Yanagisawa   Piano Tuning : Takahiro Natori
Cover Art : Noriyoshi Sakaguchi     Cover Design : Sakie Nomoto
Booklet Editing : Izumi Sugimura

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ジャケットの絵は、坂口紀良氏『バラのある音楽の部屋』です。
坂口先生に心より感謝申し上げます。



〜 ハイドンとモーツァルト 〜       久元 祐子   

 モーツァルト(1756−91)がヨーゼフ・ハイドン(1732−1809)と初めて出会ったのは、モーツァルトがザルツブルクの大司教と最終的に決裂してウィーンに移り住んだ1780年代初めのことと考えられる。しかし、モーツァルトが早くからハイドンの存在とその作品のことを知っていたことは間違いない。ザルツブルクには、弟ミヒャエル・ハイドンがおり、モーツァルト一家は彼と親交があった。モーツァルト一家の手紙の中にヨーゼフ・ハイドンの名前が初めて登場するのは1771年のことだ。
 モーツァルトがハイドンの作品を本格的に研究したのは、おそらくはその2年後、1773年夏から秋にかけて行われたウィーン旅行のときだろう。モーツァルトはこの旅行中に、6曲のカルテット ― K168からK173(ウィーン四重奏曲)を作曲している。このときモーツァルトがハイドンの作品 ― 1772年に作曲された作品20の6曲を丹念に研究し、モデルにしたことは明らかだと思う。
 それでは鍵盤(クラヴィーア)音楽の分野ではどうだろうか。今回のこのCDでは、鍵盤音楽におけるハイドンのモーツァルトへの影響と作風の違いを感じていただくことが、制作の動機となっている。
 モーツァルトの最初のクラヴィーア・ソナタのグループは、KV279(189d)から284(205b)までの6曲。モーツァルト父子はこれらの作品のことをほとんど書き残していないため、作曲時期や作曲の経緯はわかっていないが、近年の研究では、これらの作品は、オペラ《偽りの女庭師》作曲のために滞在していたミュンヘンで、1775年の初めにつくられたと考えられている。ちょうどこの頃ハイドンは、1774年にウィーンのクルツ・ベック社からやはり6曲から成る作品13のクラヴィーア・ソナタを出版していた。
 このCDでは、それぞれの作品グループから、同じヘ長調のKV280(189e)とHob.]Y‐23を続けて弾くとともに、モーツァルトの曲集からハ長調 KV279(189d)、変ロ長調 KV281(189f)を取り上げ、ハイドンのクラヴィーア・ソナタの中では比較的よく弾かれる、変イ長調 Hob.]Y−46と組み合わせてみた。
 まずは、聴き比べてみていただければありがたいが、私は、モーツァルトはハイドンの曲集を十分研究した上で、別の道を歩むことにしたのではないかと想像する。これらの作品を弾いていると、この二人の偉大な音楽家の世界観や美学がいかに異なっていたかが感じられるのだ。同時に、二人が見知っていた鍵盤楽器の種類の違いも見え隠れしているように感じる。おそらくは、モーツァルトは当時まだ新しい楽器であったピアノフォルテをすでによく知っており、この楽器をも想定して作曲したのに対し、ハイドンではまだチェンバロが念頭に置かれている。
 これらの曲を弾き比べて思うことは、鍵盤音楽へのアプローチの仕方の相違である。ハイドンは、あくまでクラヴィーアを想定し、純粋な器楽音楽の分野での「ソナタ」を作曲したように思う。これに対し、モーツァルトの作品には、器楽音楽でありながらオペラの場面やアリアを彷彿とさせる面があり、同じ大譜表で書いているにもかかわらず、そこから聞こえてくる響きは、オペラであり、シンフォニエッタであり、管楽合奏であったりする。ある意味、クラヴィーアという楽器をも超えてしまったところに、モーツァルトの鍵盤音楽があるように思えてならない。 


<プログラム・ノート>    久元 祐子
◆ モーツァルト:ピアノ・ソナタ ハ長調 KV279(189d)   
  第1楽章 Allegro   第2楽章 Andante
  第3楽章 Allegro 
 
  18曲残されているモーツァルトのピアノ・ソナタの第1曲。第1楽章はソナタ形式で書かれ、第1主題のテーマは冒頭からアルペジオが鳴らされて16分音符の左手が呼応し、直ちに右手で16分音符の細かい動きが連なる。第2主題は、ト長調の軽やかでやさしい雰囲気。展開部はト短調で始まり、めまぐるしい転調を見せる。
 第2楽章もソナタ形式。「カンタービレ」とは書かれていないが、3連符の伴奏の上に奏されるテーマは、既にモーツァルトの美しい「歌」になっている。第3楽章もソナタ形式で、2分音符からなる第1主題、同音反復から出来ている第2主題など、おおらかであると同時に動きのある、モーツァルト特有の軽やかさに溢れる。第2主題の動機で始まる展開部では、テーマが左手で反復され、楽章全体を通じて、左手の活躍が目立つとともに、両手の掛け合いの要素が強い。


◆ ハイドン:ピアノ・ソナタ ヘ長調 Hob.]Y−23  
  第1楽章  Moderato   第2楽章  Adagio
  第3楽章  Presto

 ハイドンの膨大な作品は、オランダの音楽学者ホーボーケンによってジャンル別に分類されており、Hob.と表記される。1957年に出版されたホーボーケンの作品目録中、Hob.]Yには、鍵盤楽器のためのソナタが分類されており、52曲のソナタが掲載されているが、これらのソナタは、1913年に、カール・ペスラーによって編纂されたブライトコプフ・ウント・ヘルテル社の作品全集を継承したものである。今日比較的良く使われているウィーン原典版では、その後の発見や研究の成果が反映され、62番までの通し番号が振られているが、21番から27番までは主題だけを掲載している。
 ハイドンは、少なくとも40年以上にわたってクラヴィーア・ソナタを作曲しており、作風の変遷は著しい。その中で、ヘ長調 Hob.]Y−23のソナタは、1773年に作曲された6曲からなるソナタ集の中の第3曲で、この曲集は翌1774年にウィーンのクルツ・ベック社から出版されている。ハイドンはこの曲集を雇い主であるエステルハージー家の王子ニコラウス・エステルハージーに献呈しており、出版されたスコアには王子に捧げる長文の献辞が添えられている。確証はないが、この時期、まだハイドンは、新しい楽器であるピアノフォルテにはなじんでおらず、おそらくは、伝統的な鍵盤楽器であるチェンバロを想定してこの曲を作曲したと考えられる。チェンバロ・ソナタあるいはクラヴィーア・ソナタと言うべきかもしれないが、今日ではたいていピアノで弾かれるので、ピアノ・ソナタと表記した。
 第1楽章はヘ長調の明快な4小節のテーマで始まる。その音型は、3回、連続で下降する形になっているが、その幅が、5度、4度、2度と狭まったかと思うと、少し上から今度はオクターブに広がったりする。この付点音符を伴ったテーマを次に音価を細かく変奏しながら繰り返し、幾何学模様の図形的な面白さが広がる。32分音符のスケールとターンを中心にしたハ長調の第2テーマは、その音型を繰り返しながらさまざまに色合いを変化させていく。このテーマを徹底的に使いながら展開していくやり方は、ベートーヴェンに引き継がれていく重要な手法で、ハイドンの音楽史上の業績のひとつと言えよう。
 第2楽章はヘ短調で書かれ、8分の6拍子、テンポはアダージョとなっている。テーマは哀感がこもったシチリアーノ風の動機が使われ、アルペジオ風の伴奏がつけられている。展開部に入ると4度上の変ロ短調に飛び、緊張感のある下属調の和音で開始される。冒頭の音型はモーツァルトにそっくりだが、音型を反復させながらテーマを展開していく手法は、モーツァルトとの違いを感じさせる。
 第3楽章は、短いモチーフを小気味よく飛ばしながら転調し、スピード感あふれる音楽になっている。アルペジオを重ねる形で風を切るように始まる展開部から短調の嵐を起こし、独楽がまわるように長調に戻っていく。


◆ モーツァルト:ピアノ・ソナタ ヘ長調 KV280(189e) 
  第1楽章 Allegro assai    第2楽章 Adagio
  第3楽章 Presto
 
 第1楽章は、祝祭的な気分が垣間見える明るい作風で、変化と動きに富む。ソナタ形式で書かれ、第1主題は、ヘ長調の和音が奏された後、16分音符の細かいパッセージが続く。第2主題は、左手にハ長調の和音が鳴らされ、これにやはり16分音符の音型が続く。
 第2主題は、ハイドンのHob.]Y−23と同じく、ヘ短調で書かれているだけではなく、8分の6拍子、テンポはアダージョとなっている点も共通している。また、第1主題もともに哀感がこもったシチリアーノ風の音楽であるが、ハイドンの方は動機の反復からできているのに対し、モーツァルトの方は、似た動機を含む旋律がテーマとなっている。このテーマは美しい歌となっており、後年の名作イ長調K488のピアノ・コンチェルトの第2楽章を思い起こさせる。
 第3楽章もソナタ形式。軽快で明るく、躍動感に満ちた音楽。


◆ ハイドン:ピアノ・ソナタ 変イ長調 Hob.]Y−46 
  第1楽章 Allegro moderato    第2楽章 Adagio
  第3楽章 Finale(Presto)  
 
 作曲年代は明らかではないが、1767年から68年頃に作曲されたという説もある。繊細さと大胆さを併せ持つ魅力的な作品で、数多くあるハイドンのソナタの中でも重要な作品のひとつに数えられている。ディナーミクはまったく書かれていない。
 第1楽章は、ミツバチが花の蜜を吸うような、嫋やかなテーマで始まり、6連符のパッセージでそれらをつなぎながらヘ短調の副主題に入り、陰りを見せる。3連符の連続で大胆に音楽を切断したのち、変ホ長調の流れるような第2主題に移る。3連符のリズムを繰り返しながら和声が変化していく展開部を経て、副主題が再登場し、提示部よりさらに大きな波を起こした後にテーマを再現していく。
 第2楽章は、変ニ長調の4小節のテーマがアルトの音域でゆったりと歌われ、そこに繊細な対旋律がほどこされながら繰り返される。続いて小鳥が鳴くようなチャーミングな響きで変イ長調の第2テーマが続き、3度の下降によって提示部をゆったりと終える。展開部では、入り組んだ複雑な動きを見せ、下手に触ると壊れてしまうようなガラス細工のような繊細な和声の魅力を展開させていく。
 第3楽章は、スケールとトレモロの動きでもって鮮やかなピアニズムを展開しながら大胆に曲が進んでいく。

◆ モーツァルト:ピアノ・ソナタ 変ロ長調 KV281(189f) 
  第1楽章 Allegro    第2楽章 Andante amoroso
  第3楽章 Allegro
 
 第1楽章のテーマは、トリルの装飾がついたテーマで始まり、3連符のパッサージュに流れるように引き継がれる。次に豊かなアルペジオの和音が二つ鳴らされるが、この効果は間違いなく驚きを狙っていて、ハイドンが愛用した手法でもある。また、第8小節からの伴奏は16音符が4小節にわたって32個鳴らされ、その上にやはり速い同じ音型が繰り返されるが、この音楽の運び方もモーツァルト的ではない。提示部の終結は、ハイドンが好んで使った音型である。
 第2楽章でモーツァルトは、アンダンテ・アモローソ(愛情を持って)という、あまり使わない指示をしている。冒頭、オクターヴ低音で主音が始まりの合図のように鳴らされた後、テーマがアモローソの指示にふさわしい愛の二重唱のようにおごそかに始まる。再びオクターヴ低音で変ロ長調の音階を下降し、第2主題が始まるが、その雰囲気の優雅さ、色彩の微妙なうつろいなど、モーツァルトらしい美しい歌心に溢れている。
 第3楽章はとても生き生きとしたロンド。鋭いピアノとフォルテの対比や、意外性を狙った音楽の運び方など、ハイドンの影響は感じられるが、次々に現れる生き生きとした旋律が変化し、繰り返される音楽の運び方は、既にモーツァルトの魅力的なロンドに仕上がっている。 

■ 使用楽器 アントン・ヴァルター
 モーツァルトは、ウィーンに移り住んでからは、ヨハン・アンドレアス・シュタインのピアノフォルテを弾いていたが、ほどなくアントン・ヴァルター制作の楽器を愛用するようになった。今回使用した楽器は、ヴァルターが1784年に制作し、現在ザルツブルクで保存されているピアノフォルテのレプリカで、1956年、モーツァルト生誕200年を記念してニューヨークのメトロポリタン博物館がノイペルト社に制作させたもの。名取孝浩氏所蔵。


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