久元祐子《テレーゼ・ワルトシュタイン》

Yuko HISAMOTO  CD

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久元祐子《テレーゼ・ワルトシュタイン》 (2000/11/28)


・「知性の勝利」(日本経済新聞)
・「最高のベートーヴェン」(グラモフォン)
2000/11/28
ALM records (ALCD9021)
定価(税込み) 2500円

LUDWIG van BEETHOVEN
・ピアノ・ソナタ 第24番 嬰ヘ長調 作品78「テレーゼ」
・ゲレルトの詩による6つの歌曲 作品48 (バス 戸山 俊樹)
・アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO. 57
・ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
・「エリーゼのために」 WoO.59ピアノ:久元 祐子

録音2000年6月2日〜3日   和光市 文化ホール

Piano : Boesendorfer Imperial
Tuner : Yasuo Taka
Director, Recording Engineer : Yukio Kojima
Assistant Engineer : Yuka Shinozaki
Design : Daisuke Ueno
Special thanks to Intermuse, Inc.

<プログラム・ノート>    久元 祐子
◆ピアノ・ソナタ 第24番 嬰ヘ長調  作品78「テレーゼ」
 1810年に出版。ハンガリーの貴族の令嬢、テレーゼ・フォン・ブルンスヴィックに献呈された。しかし、前の年にこのソナタが書かれたとき、ベートーヴェンが捧げようと思っていた令嬢は、別の「テレーゼ嬢」、テレーゼ・フォン・マルファッティであった。ベートーヴェンは1810年初めに彼女に結婚を申し込み、拒絶されている。
 どちらの「テレーゼ嬢」に対するものかは別にして、このソナタは、まさに呼びかけ、という感じの、美しく、優しい4小節の序奏で始まる。親しい女性に対する、温かい情愛に溢れた呼びかけである。
 このソナタは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの中でも、規模が小さく、とても優雅で優しい、憧れに満ちた雰囲気がある。そして、ときめきと不安が交錯する感情の揺れというか、情感に溢れた曲になっている。とりわけ、第1楽章のテーマは、歌うような、美しい情感に満ちている。熱しているわけではないけれど、気分はややハイになる。この雰囲気は、嬰ヘ長調という調性からも来ているのではないかと思う。スコアを開くとまずパッと目にはいるのが、6つの♯。半音上げる#の印が、音階の7つの音のうちの6つにつくわけで、何となくふっと体を持ち上げられているような気分になる。
 第2楽章は、アレグロ・ヴィヴァーチェ。テーマは、フォルテとピアノの対比により対話を交わすように始まる。そして対話は、ベートーヴェンらしいやり方で発展していく。でも、どこか肩から力が抜けているような、同時にほのかな特有のユーモアも感じられる、不思議な音楽である。


◆ アンダンテ・ファヴォリ ヘ長調 WoO.57
 この曲は、もともとは、《ワルトシュタイン・ソナタ》の第2楽章として作曲された。しかし、この第2楽章を入れるとどうも長すぎる、と言われたこともあり、ベートーヴェンは考え直して、改めて"Introduzione" を作曲し、今の形にした。そして、もとの第2楽章は、独立の作品《アンダンテ・ファヴォリ》として、1806年に出版された。この曲を第2楽章として、《ワルトシュタイン・ソナタ》を通して弾いてみると、やはり、冗長になってしまうことは否めない。最終的な形の方が、遥かに緊張感の高い、凝縮された芸術作品になっていると思う。
 ソナタとの関連を離れ、独立のピアノ作品として見ると、《アンダンテ・ファヴォリ》は、穏やかな優しさと憧れにあふれ、また底に秘めたエネルギーも併せ持った名曲だと思う。

 
◆ ゲッレルトの詩による6つの歌曲 作品48
 ベートーヴェンの後援者であったブロウネ伯爵の夫人が亡くなり、夫人への追悼のために1802年に作曲された。翌年に出版されている。詞の作者クリスティアン・フュルヒトゴット・ゲレルト(1715−69)は、ライプツィヒ大学で教鞭を執っていた詩人、評論家で劇作家。プロテスタントの立場から、神との結びつきを歌った頌歌や歌曲は、当時の多くの人々を捉えた。モーツァルトもゲレルトの詩を愛好していたようで、13歳のとき、旅先のミラノから姉のナンネル宛てにゲレルトの死に接した、と報告している。
 ゲレルトの詩については、バスの戸山俊樹さんがご自身で訳された対訳を、後に掲載させていただいた。

◆ ピアノ・ソナタ 第21番 ハ長調 作品53「ワルトシュタイン」
 1803年から1804年にかけて作曲された。中期のベートーヴェンの作風を代表する傑作である。
 標題は、このソナタが後援者のフェルディナンド・フォン・ワルトシュタイン伯爵に捧げられたことから来ているが、同時にこの名前は、ドイツ語で Wald (森)と Stein (石)の合成語であり、自然に対して親しい気持ちを抱き続けたベートーヴェンの一面が反映されているとみなされてきた。ハ長調という自然な調性で書かれていることもあり、音楽の流れが抵抗なく体の中に入ってくるような気がする。
 第2楽章を全面的に書き替えた、というエピソードからも窺えるように、ベートーヴェンは作曲に当たって、あるべき音楽の姿を徹底的に追究し、何度も推敲を重ねた音楽家だった。以前、この《ワルトシュタイン・ソナタ》の自筆譜のファクシミリを見せていただいたことがあるが、ベートーヴェンの推敲のあとは、この自筆譜からも発見できた。
 例えば第1楽章、第2主題の提示部では、コラールを思わせる印象深いテーマが現れた後、1オクターブ下がって繰り返され、ホ長調のスケールと半音階的な音型で上昇して(第42小節)、第43小節から3連符のソプラノでテーマが再び繰り返されるが、自筆譜を見ると、この第42小節に大きく×がつけられ、そこにベートーヴェンが破棄したもとの稿を見ることができた。
 このベートーヴェンが破棄した稿は、現在の直線的に上昇する音型とは異なり、アルペジオで4回弧を描く形で上昇していく音型だった。この稿で前から通して弾いてみると、音楽は優雅に流れていくのだが、何となく躊躇しながら進んでいくようで、やはりベートーヴェンが最終的に書いた今の形の方が、遥かに緊張感が高まり、自然な音楽の進行になったように感じられた。ほんの1小節なのだが、この部分は第1主題のエネルギッシュな雰囲気とは対照的な第2主題が形を変えて現れる、聴き手がきっと耳をそばだてるであろう箇所であり、ベートーヴェンの推敲は、結果的にこの部分がすっきりとしただけでなく、この楽章全体の価値にも影響を及ぼす修正であるようにも思われた。
 第2楽章 introduzione (このソナタを2楽章形式と考え、introduzioneを第2楽章の前半の部分だとする考え方もある。)は、まるで暗闇の中を探っていくような音楽。探索と逡巡が続いた後、高らかに G の音が鳴らされ、最終楽章の光り輝くロンドの世界に入っていく。ピアニッシモのオクターブから始まり、るが、大きなディナーミックの変化、ドラマティックで緊張感に満ちた副主題、神秘的な和音の連続など、ベートーヴェンの魅力、エネルギー、哲学を展開しながら終末へと突き進んでいく。時空を超え確信に満ちた音楽が身内にあふれていくかのような素晴らしい音楽であると思う。

◆バガテル「エリーゼのために」 イ短調 WoO.59
 自筆譜には、1810年4月27日の日付と、"fur Therese" と記されており、出版されたとき、これが"Elise" と読まれてしまったという。
 このエリーゼは、《テレーゼ・ソナタ》を捧げようとしたテレーゼ・マルファッティのことと考えられている。裕福な地主の娘で、ウィーンでも指折りの美人。ベートーヴェンの求婚を拒絶した女性である。1817年、ハンガリーの貴族と結婚、1851年、60歳の生涯を終えている。その名前は、ベートーヴェンの美しい作品とともに、永遠に記憶されることだろう。苦しみの末に勝利を得るような力強いベートーヴェンの名曲がひしめく中で、それらの陰にひっそりと存在しているこのような愛らしく憧れに満ちた小品は、ベートーヴェンもうひとつの魅力という気がする。
 

「ゲッレルトの詩による6つの歌曲 作品48」対訳  (訳:戸山 俊樹)

1. 祈り
神よ、あなたの美徳は寛く、
雲の果てまでも及びます。
あなたは慈悲により我々を祝福し、
我々を助けるべくお急ぎになられます。
主よ、私の城、私の岩、私の砦、
私の願いを聞き入れ、私
の言葉に耳をお傾け下さい。
なぜなら私は
あなたにお祈りしたいのです。

2. 隣人の愛
人は言う、私は神を愛していると、
しかし彼は同胞を憎む。
これは神の真実を嘲り、蔑むことだ。
神は愛、そして私が自分を愛すがごとく
隣人を愛すよう望まれておられる。

3. 死について
私の生の時は過ぎてゆき、
刻々と墓場へと急ぐ。
私がなお生きたとして、
それがいったいどうだというのか?
おぉ人よ、おまえの死を考えるがよい!
迷うことはない、
ひとつ避けられぬことがあるのだから。

4. 自然における神の栄光
天は永遠の栄光を賛え、
その響きは彼の名を伝える。
地は彼を賛え、海は彼を賛える。
おぉ人よ、これらの聖なる言葉を聞け!

満天の星達を支えるのは誰?
天に太陽を運ぶのは誰?
太陽は昇り輝きて、我等に遥か笑いかけ、
まるで勇者のごとく、その道を進む。

5. 神の力と摂理
神は我が歌!
彼こそは力の神、
気高き御名と、偉大なる御業、
全宇宙が彼の住み家。

6. 懺悔の歌
あなたに、ただあなたに対して私は罪を犯し、
あなたの御前で、
しばしば悪しきことを致しました。
あなたは私に天罰を告げる、
その罪を見ておいでです。
神よ、私の哀泣をも
ご覧になってください。

あなたに私の切なる願い、
ため息は秘されず、
あなたの前に涙も流されています。
あぁ、神よ、私の神よ、
いつまで私は苦しめばよいのでしょう?
いつまで私から遠ざかっておられるのか?

主よ、私の罪によって
私をお裁きにならないでください。
私はあなたを探し求めています。
あなたのお顔を仰がせてください、
神よ、寛容と忍耐の神よ。

神よ、慈しみの父よ!
あなたの御慈悲で、
はやく私を満たして下さい。
あなたは喜びを御与えになる神。
あなたの御名のもとに
私に喜びを御与え下さい。

あなたの道を私に、もう一度
喜びと共に歩ませてください。
そして私にあなたの
聖なる法をお教えください、
御心にかなうように、
日々私が努めますように。
あなたは私の神、私はあなたの下僕。

主よ、私の守護、
はやく私をお助けくださり、
私の進むべき道にお導きください。
主は私の叫び、私の願いを
お聞き届けになり、
私の魂をお引き受けくださる。

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