「フランス人は、よくクレソンを食べるの」

敬愛する東京在住のフランス女性、Kさんのお宅にお呼ばれでお伺いしました。
明晰な主張、やさしいお人柄、ウィットに富んだ会話・・・すべてが洗練されていて、目標にしている女性です。満開の桜並木の下を通って、Kさんのお宅に到着しました。
「私、桜は好きじゃないのよ。毎年毎年同じこと!つまらない。やっぱり私、梅の風情がいい」
「フォーレには力がないから私は好きじゃない。ドイツ音楽の持つ力にたまらない魅力を感じる」
「漢字には、なんで読み方がこんなにいくつもあるの。覚えるの大変じゃない!」とズバズバと切っていきます。
昨年の3月、Kさんのお宅に遊びに行ったときには、たまげました。「ユウコさん、お雛様を見にいらっしゃいませんか?」と言われ、玄関に可愛いお雛様が飾っているのだろうと想像した私は、仰天!!!
なんと百を超えるお雛様、お雛様、お雛様、お雛様が各部屋に所狭しと並んでいるのです。何を隠そう、Kさんは、日本人形研究家なのです。
以前に行ったゴッホ美術館でゴッホの収集した浮世絵のあまりの多さに仰天した日のことを思い出しました。
Kさんに話を戻しますと、Kさんは、お人形のために日本全国行脚、収集され、フランスに紹介なさったりしているそうです。ですから、雛人形は、その中のほんの一部なのです。
団地住まいで育った私にとって、大きな段飾りのお雛様は無縁でしたが、母が毎年飾ってくれた木目込みのお雛様はとってもいい顔をしていました。行事好きな母のおかげで、2月には豆まきをし、3月にはひなあられを食べましたし、クリスマスには叔父がサンタクロースの格好をしてプレゼントをくれたり、、、と幼少の想い出は、けっこうあります。
けれど、この何年か、お雛様を出したことがありませんでした。ですから、久しぶりに、お雛様の心華やぐ気持ちを思いだして感激した次第です。その感激を覚えていてくださったようで、「ユウコさん、忙しくてお雛様、今年も飾らなかったでしょう?」とお雛様を残していてくださいました。しかも去年のと違う顔ぶれです。
「左のが江戸、右のが京都、どちらが好き?」
うーん。たしかに違う。凛々しい感じの江戸雛、雅な顔立ちの京雛。
今年は、お雛様は、想定内でしたので、びっくりしませんでしたが、ほかのことにびっくりしました。それは、Kさんが出してくださったお吸い物のおいしさです。
「主人が厳しい人でしたから、日本に来て日本料理を一生懸命学びました。本を読み、勉強してつくりました。私のお吸い物なんて、たいしたことない。おべんちゃらはよして」とはにかんでいらっしゃるのですが、ふわ~~っと香り立つ昆布と鰹の香り、ほんの少しの塩と醤油1滴、という上品な味わい、季節の彩りで菜の花と桜色のかまぼこ。
どれをとっても、満点!恐れ入りましたという素晴らしいお吸い物なのです。その食卓の全員が「え~!美味しい!」と感歎の声をあげました。「基本どおりにするだけ」というそのお吸い物は、昆布のうまみも鰹の香りも決して逃がしていなくて、しかも味、タイミング、そして器との調和、日本の美しさの象徴のようなお椀なのです。
私はとても恥ずかしくなりました。日本人でありながら、Kさんのお吸い物にはかないません。
お月見の季節に伺えば、薄とお団子があり、桜の季節に伺えば、おいしい桜餅で歓待してくださる。日本人形といい、日本料理といい、日本文化を大切にしているのは、フランス女性のKさんの方なのです。
日本の伝統、日本人しての繊細な感性、礼節、、、こういったものが遠のき、ハンバーガーをかじりながら闊歩し、電車で化粧をする時代になってしまいました。日本文化のすばらしさを理解しているフランスの女性から多くを教えていただき、また考えさせられてしまった夕べでした。
美味しいお吸い物から話しがはずみ、私と同年代の中国女性もいらして、話題は、スープの話に。
「もうすぐクレソンの季節になるわね」と二人。
「フランス人は、よくクレソンを食べるの。サラダはもちろんだけど、炒めても美味しいし、スープは最高」
中国女性も負けません。「中国ではクレソンを西洋菜と呼ぶんだけど、これを使ったスープは絶品よ。豚と一緒にことこと煮込むだけ。台所がクレソンの香りで一杯になる!あー。思い出すだけで食べたくなる。美味しいんだから」
「でも東京ではクレソンがとても高い。たくさん買いたくっても、あの値段はやになるわねぇ」と意見の一致を見ました。
「祐子さんと顔が似ているからプレゼント」とKさんがおっしゃってくださった日本人形は、大切にスタジオの玄関に飾りました。

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