…モーツァルトに関する三冊目の本ですが、出版されるきっかけを教えてください。
モーツァルトと言えば華々しい活躍をしていた神童時代か、悲劇的で不思議な死を遂げた晩年かにスポットライトを当てている本が多いです。その間の、青春の場面が紹介されているものが、あまりありません。なぜかと言うと、十四歳から二十一歳までのザルツブルクの時代は家族と共に過ごしていたので、家族に宛てた手紙が少ないからです。私はこの時期の作品を弾き込み、またじっくり聴き込んでモーツァルトの青春像を浮かび上がらせようと思いました。
…書き終えてどのような感想を持っていますか。
手がかりが少ないので、パズルを解いていく感じで執筆を進めていきました。この時期の作品と数少ないモーツァルトの肉声をつなぎ合わせると、みんなから一目置かれて、充実した演奏活動を行っている幸福なミュージシャンというイメージが浮かんできます。
…その時代のモーツァルトにはどんな印象を持っていますか。
多くの人は根拠があまりないまま、この時代のモーツァルトの雇い主であったザルツブルクの大司教を悪者にしている、つまり、若き天才ミュージシャンをいじめた冷酷な支配者というレッテルを貼ってきたと思います。仕打ちを受けながらけなげに使命をまっとうした天才モーツァルト像が現在に定着しています。
私はモーツァルトの作品を演奏してきた者の実感として、モーツァルトの作品には、心情が間違いなく反映されていると思っています。そして、ヴァイオリン・コンチェルトをはじめとする多くの作品に、尽きることのない喜びがあふれていることから考えると、モーツァルトは大司教コロレドから可愛がられ、幸福な青春を送ったように思えるのです。
…モーツァルトにとってこの青春時代は、その後の音楽にどう影響を与えたのでしょうか。
イタリアに三度の演奏旅行に出たということが、とても影響を与えていると思います。イタリアの音楽、ステージ、風俗などは、多感なモーツァルト少年の中に染みわたりました。そして、その演奏旅行は父親とは一心同体で二人三脚でもありました。また、ハイドンやヨハン・クリスティアン・バッハの作品に関する研究の後も追いかけてみました。「天才」のイメージが独り歩きしていますが、モーツァルトも人一倍勉強し、訓練を受けた結果、天才ミュージシャンになったのです。
…次ぎにモーツァルトについて本を出版するとしたら、どんなテーマを考えていますか。
いずれはモーツァルトの小説を書いてみたいですね(笑い)。モーツァルトや様々な人々を色々な都市を舞台にして、コロレド大司教やサリエリは、これまで考えられていたのとまったく違った人物として描いてみたいです。でもこれはピアノが弾けなくなった時まで取っておきたいのですが…。
ひさもと・ゆうこ
東京芸術大学音楽学部器楽科(ピアノ専攻)を経て、同大学大学院ピアノ科を修了。モーツァルト時代の演奏スタイルや同時代の作曲家との比較などのレクチャーリサイタルで、モーツァルトの実像を追い求めている。著書に「モーツァルトはどう弾いたか」(丸善出版)、「モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪」(音楽之友社)などがある。しみじみとした味わいある演奏とともに、軽妙洒脱な語り口にも定評がある。
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