久元祐子 記事

2004

  
掲 載 年
 2010年
 2009年
 2008年
 2007年
 2006年
 2005年
 2004年
 mostlyclassic
 2003年
 2002年
 2000年
 1999年
 1998年
 1997年
 1996年

2004年

久元 祐子 リスト「巡礼の年第2年《イタリア》をリリース 音楽現代 2月号

「大きく広がる リストの宇宙を体感して欲しい」 訊き手 = 諏訪節生
 リサイタル、レクチャーコンサート、執筆活動とエネルギッシュな活躍を続けるピアニスト久元さんに、今回のリリースのCDについて お話をうかがった。

久元 ここ2,3年、りサイタルやレクチャーコンサートでリストが中心だったこともあり、巡礼の年第2年は続けて演奏したいと思っていましたので録音しました。
― リストは有名な割りには日本ではあまり人気がないような気がしますが。
久元 ハデなだけとか浅薄で内容がないという悪評にさらされる作曲家だとは思 います。リストはピアニストとしても、ヴィルトゥオーソでしたから、確かに演奏 の華々しさを前面に出したような曲もあ ります。しかし、後期ロマン派に繋がる和声やドラマをピアノで表現する凄さ、 文学や絵画からの広範な知識から生まれる豊かなイマジネーションの凄さとか、 やはり凄い作曲家だと思っていましたから、そういう浅薄でハデなだけでないリストのCDをつくりたかったのです。
音楽現代・04年12月号― 演奏者側にも、リストだとハデに弾いてしまうというような部分もありましたね。
久元 思い入れたっぷりとか、甘ったるくとか、味付け過多の演奏ですね。そういう演奏は、一度聴くだけなら良いなと思いますが、私は、繰り返し聴いても飽きのこないような、敢えて濃い味付けをしないような演奏を心掛けました。自己顕示欲とか、華やかで飾りたてた効果を狙うということはしていません。
― どんなことに留意して録音されたのですか?
久元 イマジネーションの豊かさ、単なる音譜の羅列でなく、そこからいろいろな世界が広がるということです。例えば第1曲の「婚礼」は、リストがラファエロの絵画からイマジネーションを得て音にしていますから、それを私白身の体の中に入れて、自分のイマジネーションと一緒にして出すという、そういうラインを表現したいと想いました。この曲はイタリアの絵画や文学に触発されて書いた曲なので、そういう部分のイメージが広がるような演奏をしたいと考えました。
 「ペトラルカのソネット」は、先日の演奏会では、実際にペトラルカのソネットをイタリア人の友人に朗読してもらって、その後で私が弾き始めるということをやりました。ペトラルカの時代のイタリア語というのは古いイタリア語で、響きが凄く美しいんです。日本の短歌のように韻を踏んでいて、それが題材なので、本当にロマンティックで外に向かって解放されるというところが魅力ですね。自分の中での燃焼度はかなり高い演奏だと思います。朗々と歌いあげる、ベルカントの歌心があります。「ダンテを読んで」は鍵盤を端から端まで使って、地獄から天国の世界までを表すというスケールの大きな、ピアノをオーケストラのように使っていますね。リストはピアノという楽器を最大限に生かせた作曲家で、単なる音譜ではなくて、そこから大きな世界の広がるスケールの大きな人で、そのイマジネーションの豊かさ、詩的・絵画的な、単なるピアノ音楽の枠の中だけでない、大きく広がるリストの宇宙を体感していただけたら嬉しいです。
― ピアニストとしてどのような演奏を目指していますか?
久元 演奏家というのは役者のようなものだと思うんです。台本があって、その役になりきれる人になりたいと思います。作曲家がいて、演奏者が全く見えないようになれれば最高だなと思います。例えば、悲劇のヒーローしかできないとか、こういう役しかできないという風に自分を狭めて行くのではなく、可能性を広げて行きたいなと思います。いろいろな作曲家を弾くことによって、また別の作曲家が見えてくる。同じ作曲家ばかり演奏していては見えないものが、いろいろなものをやることによってしれぞれの個性が良く見えてくるということはあると思います。あまり凝り固まらないようにやって行きたいですね。
― 現代音楽もリサイタルで取り上げられるとお聞きしましたが。
久元 間宮芳生先生に師事していた時期がありましたし、作曲家の同級生の曲を初演させていただいたり、リサイタルではヘンツェのソナタをやったこともあります。やはり、同世代の作曲家の曲を音にして紹介するというのは、演奏家の使命の一つだと思っています。百年後、二百年後にその中のどれが生き残っているかはわかりませんが、譜面だけでは書類と同じで、演奏しなくては始まらないと思いますね。
― 今後録音したい曲は?
久元 《展覧会の絵》が大好きなのでいつか録音したいと想っています。それから、モーツァルトのソナタとその同時代の音楽を組み合わせたものなども録音したいですね。
― ペトラルカのソネットは、久元さんのホームページの中に翻訳が掲載されているということなので、それを読んでいただくと、このCDをより深く味わうことができますね。
 ありがとうございました。今後の更なるご活躍を願っております。


「深い愛情を込めて」  Do Classic 8月号

 久元祐子は、国内外でソロ、室内楽、オーケストラとの共演と積極的な活動を展開、これまでに、<久元祐子「テレーゼ」「ワルトシュタイン」>、<<ノスタルジア・懐かしい風景>などのCDもリリースしてきた。が、しかし、才能溢れる彼女の活躍ぶりは演奏活動のみにとどまらず、著書、エッセイ、論文を次々に発表する文筆家としても有名である。
 とくにモーツァルトの研究者として高い評価を得ており、「モーツァルト*18世紀ミュージシャンの青春」(知玄舎)、「モーツァルトはどう弾いたか」(丸善出版)、「モーツァルトのクラヴィーア音楽探訪」(音楽之友社)を出版。さまざまな切り口でモーツァルトの魅力に迫るレクチャーリサイタルなども開催している。それは、これだけモーツァルトを深く追求し、愛情を注ぐ人はいないのでは?と思わせるくらいなのだが、決して一人の作曲家だけに焦点を当てているわけではなく、広い視野を持って音楽芸術に真摯に取り組んでいる。その姿勢に誠実な人柄を滲ませ、静かな感動を呼び起こす。未来を手にすることにばかり目を向けすぎて、大切なものを置き忘れがちな現代人にとって、決してひとりよがりにならず、一歩一歩確実に道を築き上げていく生き方は、大いに見習うべき点があるような気がする。
9月1日に開かれるリサイタルは、J..S.バッハ:フランス組曲第5番ト長調BWV816、J..クリスティアン・バッハ:ピアノソナタイ長調作品17-5、モーツァルト:ピアノソナタイ短調KV310、ドビュッシー「映像」第2集など。演奏というのは、その人の人間性や人生の足跡などを浮かび上がらせる。そういう意味においても、久元の持つ個性が今回のリサイタルでも味わい深く心に響くだろう。その瞬間を大いに楽しみにしたい。

<文> 森川 玲名       
<写真>酒寄 克夫   

記事 2003