久元祐子 記事

2003

  
掲 載 年
 2010年
 2009年
 2008年
 2007年
 2006年
 2005年
 2004年
 mostlyclassic
 2003年
 2002年
 2000年
 1999年
 1998年
 1997年
 1996年

2003年

巻頭グラビア ショパン 9月号

久元 祐子 03年5月31日 東京文化会館
東京文化会館 音楽学者そして文筆家でもあるピアニストのコンサート。
台風4号の影響による激しい雨の中、熱心な聴衆が集まってきた。このピアニストの固定的ファンが形成されているらしい。
初めは、再演が熱望されたラトヴィアのヴィートールスの作品『ラトヴィアの主題によるピアノのための変奏曲』。この教会旋法の名残を残す主題を丁寧に提示したあと、9つの変奏とフィナーレが続く。さまざまな変奏技法を使い、緩急自在に組み立てられた音楽。
この曲を除くと、リサイタルのテーマはどうもイタリアにあるらしい。
次はチマローザの変ロ長調のソナタ。ラルゴでの右手のアリアはとても印象的。
そしてほとんど同時代のモーツァルトの『パイジェッロのオペラ<哲学者きどり>から<主よ幸いあれ>による6つの変奏曲』。続いてリストの『巡礼の年』から『ゴンドラを漕ぐ女』『エステ荘の糸杉に寄せて・哀歌』『エステ荘の噴水』『サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ』『ペトラルカのソネット第123番』『ダンテを読んで・ソナタ風幻想曲』が弾かれた。
ベーゼンフドルファーを用い、響きの洪水や<語り>をよくコントロールしながら表現。ホールの外の天候とは異なり、全体に明るく、暖かな雰囲気に満たされたコンサートであった。
<文>栗山 和       
<写真>酒寄 克夫   

 
暗い世にも 春への憧れ 鼎談「午後のモーツァルト」を前に Mozartiade 4月号

(この対談は、かんげいかん主催のコンサート「午後のモーツァルト]を前に行われ、「モーツァルト劇場」の会報「Mozartiade」の2003年4月号に掲載されました。)
ソプラノ:高橋 照美  ピアノ:久元 祐子  お話:高橋 英郎  (スタジオ・モーツァルトで)

モーツァルトの多様性

高橋 ヨーロッパの春は5月からですが、自然のリズムとは別に、世界中今年くらい本当の春を待ち望んだ年はなかったと思います。
照美 こんな世にこそ、“春への憧れ”をこめたコンサートにしたいと願い、K596を入れることにしました。「春への憧れ」って、モーツァルト最後の歌曲ですよね。
久元 その10日ぐらい前に書き上げた「変ロ長調ピアノ協奏曲」の終楽章にも、この主題が出てきますね。
高橋英郎先生と高橋 天与の童心そのものの曲。
照美 普通、この通作歌曲の4番はカットされることが多いんですが、自然讃歌の中で唯一人間のドラマを扱っています。ロッテちゃんは、卵の上にのったひよこみたいに心の傷に耐えて、ひたすら春を待ちわびている。その4番を歌おうと思います。
高橋 今度の演目は後期の傑作揃いですね。
久元 ええ、素敵なプログラムだと思います。
高橋 「すみれ」「夕べの想い」「クローエ」、どれをとっても珠玉の作品だなぁ…。
照美 今日、久元さんと合わせていて、つくづくそう思いました。
高橋 「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼く時」なんて、ロマン派を驚かすような激しさがあって、現代的ですらある。
久元 女流詩人の実感が生々しいですね。
高橋 ハ短調の緊張感もすごい。
久元 ハ短調という調性からしてそうですね。ピアノ協奏曲K491とか。
照美 ハ短調ミサK427とか。
久元 ソナタK457と幻想曲K475も。
高橋 トッラトナー夫人に捧げた曲ですね。
久元 そうですね。
高橋 すごくパセティックな。でも、歌曲の場合、献呈者がわからない。ナンシー・ストレースが「すみれ」を歌った、なんていうことになると、また全然変わってくるんですが…。
久元 「すみれ」をサロンで面白く演奏して、キャッキャッと受けたかもしれませんね。とてもドラマティックだし、<さぁ皆さん、可愛想なすみれでしたね!>って(笑)。
高橋 お道化風に、あるいはジャズ風に演奏することも可能ですね。

男と女の立場の逆転

久元 「すみれ」を弾くといつも、同じゲーテの詩による、シューベルトの「野ばら」を思い出すんですよ。「野ばら」の方は、女の子が私を摘まないでと言っているのに、男の子が摘んでしまう。ところが、「すみれ」の方は、ぼくを摘んで胸に押し当ててと言っているすみれ(男の子)を女の子が踏みつけてしまう。男女逆転ですね。ゲーテが女の子を振った経験をもとにしているとか。
高橋 26才のゲーテは、リリー・シェーネマンという娘と結婚を考え、アメリカへ二人で移住しようかとまで考えていたんですね。彼女は、ピアノも上手でひとを惹きつける天分があった。「私は彼女なしにはいられず、彼女も私なしにはいられなかった」(詩と真実)と言っています。

高橋照美さんと久元 「すみれ」では詩をつけ加えていますが、「クローエ」では逆に最初の4節だけにしている。
高橋 たしか13節までありましたよね。
久元 ええ、恋の想いがつのって、抱きしめて。
照美 ファーストキスを期待して…
高橋 目を閉じるかな(笑)
久元 モーツァルトの音楽は余韻をもってそこでうっとりと終る。ところがそのあと続いてる詩では、金の指輪を交換して署名サインすると、亡霊が現れて、死の冷たい手を感じる。地獄が現れるんですね。
高橋 そのおどろおどろしい詩を削って、こんなフレッシュな曲を書いたところが憎い。
照美 ケルビ−ノみたいですものね。
高橋 で、驚くのは、これと同じ日付けで夕べの想い」が完成してる。
照美 本当ですか?
高橋 そうなんです。お父さんの亡くなった3週間後、一挙に書いている。
久元 死の影を感じますよね。でも深刻な内容を書いても、モーツァルトは淡々と流れてゆく。へ長調8分音符のアルペジオで始まり、光と影が移ろってゆく。
高橋 <陽は沈み、月は銀の光を投げかけている。><私たちの芝居は終った>でハ長調からハ短調に転じて<私たちの墓に涙が降り注ぐだろう>―ロマン派なら重厚にやりそうなところを、この半音の翳りの中で生死の彼岸を超えてゆく辺り、素晴しい。
久元 <この世の巡礼を終え>でト短調から変ホ長調へ転じて<その涙こそこの世の最も美しい真珠>とへ長調で終える。死と隣り合わせのモーツァルトの生が、自然に出ているように思います。この内容を淡々と歌うのは、歌い手にとても大きな要求をしている…。
高橋 音色とか表現力の問題ですね。
照美 この曲は、実は私の会員番号にしてる程好きな曲ですが、深いところで、淡々と歌えたらと思います。
高橋 ところで「魔法使い」では、ダメ−テに迫られて、あわやという時、運よくお母さんが現れた(笑)なんて笑わせるじゃありませんか。
久元 やはりドラマの天才ですよね。
高橋 この笑いはシュ−ベルトにもシューマンにもない。ヴォルフにはあるけれども…。

かんげいかんコンサ−トアリアの傑作

高橋 K505「どうしてあなたを忘れられよう」、これは5本の指に入れたい傑作です。モーツァルト劇場の会員番号で505番を希望される方が多い事から、人気度もわかります。
久元 今度のコンサートで、私自身も505をとても楽しみにしています。
高橋 モーツァルトが最高に敬愛していたソプラノ、ナンシー・ストレ−スの渡英お別れコンサートのために書いているんですが、彼自身が弾いたピアノ伴奏なんて恋文のようですね。
久元 愛情込めて弾いた姿が目に浮かびますね。
高橋 「イドメネオ」の台詞からイダマンテがイーリアに歌う歌詞を一ケ所だけ変えていますが。
照美 他のひとに心を捧げろとすすめるのですか?他の人(女)が他の男になってる。
高橋 そう、ナンシーに歌わせてみたかったんだろうな。
久元 こういう愛の表現て、すごい!
高橋 久元さんの自動オルガンの曲は。
久元 今度初めて弾きます。
高橋 アルバイトのために書いたっていう曲だけれど、不満な楽器でもパパゲ−ノ的に遊んでいますよね。
久元 彼はマルチ人間でしたから、今ならさしずめ、コンピューターを使って全世界に発信するオペラを書いたかもしれない。ピアノを初見で弾くなんて、ぼくにとってはウンコするようなものだっていう人ですからね。(笑)
高橋 では、この辺でオチがついたようで。

編集・発行 モーツァルト劇場 〒166−0001 東京都杉並区阿佐谷北2−10−7

記事 2002