変 奏 曲 1 

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Mozart

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<宙に消えていった演奏>

クラヴィーアのための変奏曲は、10歳になろうとしていたときにハーグで作曲された KV 24 から、亡くなる年に書かれた KV 616 まで、モーツァルトの作曲家人生のほぼすべてにわたってつくられている。
変奏曲は、あるテーマを次々に変奏していくという単純な形式でできているが、それゆえに即興性の強いジャンルである。モーツァルトは子供の頃から宮廷や貴族の邸、サロンなどにおいてその場でテーマを与えられ、即興的に変奏しながらクラヴィーアを弾いたが、それらがすべて書き留められていれば、後世に膨大な数の変奏曲が残されたことだろう。即興の名手であったモーツァルトの変奏のほとんどすべては、書き留められることなく、その場で消えていった。
今日残されている変奏曲は、モーツァルトが即興的に弾いた中からあるひとつの(曲によっては版が二つ以上あることもあるが)パターンを書き残したものに過ぎない。いずれにしても変奏曲も、クラヴィーア・ソナタと同じように、出版されて愛好家に弾かれることを想定しているものがほとんどである。

クラヴィーアのための8つの変奏曲 ト長調  KV 24

【作曲時期】1766年1月。ハーグで。(アムステルダムの可能性もある。)
【テーマ】ドイツ生まれのヴァイオリニスト、クリスチャン・エルンスト・グラーフがオランダ総督の叙任式のために作曲したオランダ歌曲。
【一口メモ】 KV 24、 KV 25の2曲についてレオポルドは、パリからザルツブルクに出した手紙の中で「これらはたいしたものではありません」と書いているが、確かに演奏会で取り上げるほどの価値があるとは思われない。調の変化は行われず、すべての変奏を通じて、左手は伴奏を受け持ち、旋律は右手に現れる。

クラヴィーアのための7つの変奏曲 ニ長調  KV 25

【作曲時期】1766年2月。アムステルダムで。(ハーグの可能性もある。)
【テーマ】ヴィレム・ヴァン・ナッソーの歌。
【一口メモ】レオポルドによれば、この歌は、オランダではくまなくだれもが歌ったり、吹いたり、口笛で吹いたりしていたという。左手の動きは KV 24に比べてかなり活発になり、第7変奏では、アルベルティ・バスに乗って最初の主題の「歌」が堂々と弾かれる。前作よりも作曲技法的にやや進歩のあとが見られるような気がする。

クラヴィーアのための6つの変奏曲 ト長調  KV 180 

【作曲時期】1773年秋。ウィーンで。
【テーマ】サリエリが1772年1月にウィーンで初演したオペラ《ヴェネツィアの市》の中のアリア「わが愛しのアドーネ」から取られているとされてきたが、新全集では、アリアではなく、第一ヴァイオリンの声部であるとしている。
【一口メモ】モーツァルトは、第1変奏からテーマをかなり無視して新しい音楽にしてしまい、強弱の対比も駆使しながら生き生きとした動きをつくる。第2変奏は三連符、第3変奏はアルベルティ・バスの上に乗ってさらに自由自在な音型が繰り出される。第4変奏では右手と左手で微妙にずれるシンコペーションが印象的で、自由度はさらに増す。第6変奏は、アレグレットで生き生きとした速い音楽に戻るが、テーマが回帰されるわけではなく、曲全体の終結部と言った雰囲気の音楽。最後はアルペジオが続けて華やかに鳴らされ、決然と曲を閉じる。サリエリのテーマはほとんど顧られず、モーツァルトはただサリエリの音楽の凡庸さを嘲っただけであるように感じられるのは思いこみだろうか。映画「アマデウス」の一場面を思い出す。

クラヴィーアのための12の変奏曲  KV 179(189a )

【作曲時期】1774年夏。ザルツブルクで。
【テーマ】ヨハン・クリスチャン・フィッシャーのオーボエ協奏曲の終楽章から。フィッシャーはロンドンで活躍していたドイツ人のオーボエ奏者。高名な画家トーマス・ゲインズボロの娘と結婚した。
【一口メモ】モーツァルトはこの曲で、クラヴィーアのさまざまな技巧を披露したかったのだろう。第5変奏ではアルペジオ、装飾音がついた逆付点音符などが組み合わさり、第9変奏では、左手で奏されるアルベルティ・バスの伴奏の上に右手が華やかに交差する。モーツァルトが自慢の名人芸を存分に披露できた自信作だったようで、あちこちで演奏しているが、パリではド・シャボー夫人のサロンでこの曲を弾き、パリの貴族たちの冷淡な反応に愕然とすることになる。

クラヴィーアのための12の変奏曲 変ホ長調  KV 354(299a )

【作曲時期】1778年早く。パリで。
【テーマ】1775年にパリで上演された「セヴィリアの理髪師」の第1幕に歌われるロマンスの中の一節「私はランドール」
【一口メモ】テーマは歌いやすく、発展可能性に富んでいる。 KV 180 と異なり、テーマの原型は12の変奏すべてに留められ、曲全体に統一感と自然な音楽の流れをもたらしている。また、ピアノフォルテで弾くことが想定された演奏技巧も存分に発揮されている。この曲は幾つかの版によって違いがあるが、私の使っているウィーン原典版によると、第6変奏まで華やかに進行して行った後、アルペジオが力強く奏される第6変奏、メヌエットの第8変奏を経て、変ホ短調の第9変奏では陰翳に富んだ気分でつなぎ、オクターヴのトレモロが続く10変奏、第11変奏を経て、第12変奏ではゆっくりとしたモルト・アダージョのテンポになる。テーマの音型を巧みに採り入ながら自由なパッセージを組み合わせ、しかも左手の刻みを増やして自然に気分を高揚させるといった手法も効果的。全曲を通じて、聴き手をひたすら演奏者モーツァルトに釘付けにするとともに、さわやかな感動を残してくれる名作だと思う。

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