クラヴィーア・ソナタ 5 

Sonata
Variation

Mozart

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クラヴィーア・ソナタ 第15番 ヘ長調  KV 533  KV 494

1.Allegro ヘ長調 (ソナタ形式)   2.Andante 変ロ長調 (ソナタ形式)   3.Allegretto ヘ長調 (ロンド形式)
【作曲時期】第1,2楽章は1788年1月3日、第3楽章は1786年6月10日、ともにウィーンで。
【初版(生前)】1790年 ウィーンのホフマイスター社から
【一口メモ】新全集では、《ソナタヘ長調 KV 533および KV 494》として整理している。また以前は第18番の番号が振られていたが、第15番としている。これは、1月3日の作品目録に「ピアノ独奏のためのアレグロとアンダンテ」と記載され、1790年に、以前に完成していた「ピアノ独奏とための小ロンド」を第3楽章としてウィーンのホフマイスター社から出版されているためである。この小ロンドは、1787年に単独でも出版されている。
第1楽章は、右手だけで素朴な、ややおどけたテーマが提示され、応答があった後、このテーマは今度は左手だけで繰り返される。この開始から既に予想されるように、このソナタは対位法的な処理が著しい。第1主題で使われた手法は、第2主題でも使われるが、こちらの方は、3連符やトリルが多用されていることとも相俟って、込み入った印象を与える。展開部は、テーマの動機を使い、3度や6度を重ねたり、声部間での掛け合いやユニゾンでアルペジオを奏でたりと、音がパズルのように組み合わされ、短調も効果的に使われている。
第2楽章では、明と暗、緊迫と安らぎ、迷いと諦念が同居し、気分は頻繁に交替する。テーマはゆったりと優しく現れるが、早くも出口の見えない森にさまよい込んだかのように解決しない和声が続いて現れ来る。第3楽章は、もとのロンドにかなり手が入っており、27小節にも及ぶカデンツァも付け加えられて、規模が大きくなっている。第2楽章の複雑で謎めいた雰囲気から一転して、晴れやかで愛らしいロンドに入るが、やはりカデンツァも含め、難解なメッセージがそこにはある。

クラヴィーア・ソナタ 第16番 ハ長調  KV 545 

1.Allegro ハ長調 (ソナタ形式)   2.Andante ト長調 (変形されたロンド形式)   3.Allegretto ハ長調 (変形されたロンド形式)
【作曲時期】1788年6月26日。ウィーンにて。
【一口メモ】モーツァルトの音楽の重要な側面を、最も分かり易く、そして端的に表現している作品。作品録には「初心者のための小さなクラヴィーア・ソナタ」の記載がある。今日でも初級段階で弾く曲として教材に使われているが、現代の重い楽器で左手の伴奏を軽やかにつけながら、右手の旋律を美しく歌うことは「初級」の技とは言えないかも知れない。
第1楽章の楽章のテンポ指示はアレグロ。フィリップ・アントルモンがソナチネ・アルバムを弾いたレコードを子供のときによく聴いたものだが、このレコードでは彼はこの楽章をもの凄いテンポで弾いていた。プロはすごい、とそのときはびっくりしたものだが、この楽章をプレストで弾くとき、この音楽が持つ魅力はそのほとんどが失われるだろう。
第2楽章は、まず何よりも柔らかな音楽。ほのかな芳香が漂い、いかにもモーツァルトらしい、繊細きわまりない気分の移ろいがある。カノン風の呼び交わしで開始される第3楽章も、速すぎるテンポは避けた方がいいように思う。軽やかなユーモアが束の間に通り過ぎるのであり、それは吹き抜ける疾風ではない。

クラヴィーア・ソナタ 第17番 変ロ長調  KV 570 

1.Allegro 変ロ長調 (ソナタ形式)   2.Adagio アダージョ (変形されたロンド形式)   3.Allegretto変ロ長調 (変形されたロンド形式)
【作曲時期】1789年2月。ウィーンで。
【一口メモ】死後に、しかもヴァイオリンの伴奏つきという形に改竄されて出版され、作曲の契機など詳しいことは分かっていない。晩年に向かうモーツァルトに特有の、謎めいた雰囲気が一層深まり、透明な美しさを湛えた名曲。リサイタルで余り弾かれないのは、このような一種の分かりにくさに起因しているからかもしれない。
第1楽章は両手のユニゾンによる、何とも言えないしなやかで素朴なテーマで始まる。しなやかにして、単純の極みにあるような音型。 第1主題の提示の後、2拍分の4分休符をはさみ、フォルテの和音でそれまでの雰囲気を断ち切る。その後、半音階を含みながら謎めいた、歌うような旋律が現れるが、これは一種の推移主題で、その後に現れるヘ長調の第2主題は、左手の第1主題の伴奏の上に現れるという珍しい形を取る。
第2楽章はロンドの主題がひたすら美しく、1オクターブ上での反復は、天上からの声が響いて来るかのような雰囲気を持つ。ハ短調に転じる部分では、憧れに満ちた新しい旋律も現れ、半音階的な動きを伴って微妙に移ろい、聴き手は入り組んだ魔法の世界に引き込まれていく。第3楽章は一見明るく、とても快活で軽やかな舞曲風の音楽だが、なぜかふとしたパッセージに寂寥感が漂う。恐らくこの音楽は見かけの明るさを前面に出したり、ただ軽やかに流れるように弾くと、本来の魅力が浮き彫りにはならないのだろう。私はテンポをやや遅めに取りたいと思う。

クラヴィーア・ソナタ 第18番 ニ長調  KV 576 

1.Allegro ニ長調 (ソナタ形式)   2.Adagio イ長調 (複合三部形式)   3.Allegretto ニ長調 (変形されたロンド形式)
【作曲時期】1789年7月。ウィーン で。
【一口メモ】] モーツァルトは、1789年6月にプロイセンからウィーンに戻っているが、その直後に作曲された。モーツァルトは旅行中にプロイセン王の王女フリデリーケのために易しいクラヴィーア曲を6曲頼まれたとされており、この曲が王女のために書かれた1曲とする見方もある。
モーツァルト最後のクラヴィーア・ソナタとなったこのソナタは、対位法的な処理がさらに多くなり、技巧的にも難しく、それ以上に、その特異な気品を表現するのは大変難しい名曲である。第1楽章では冒頭のユニゾンの音型が対位法的に変化し、めまぐるしい万華鏡のような雰囲気を現出するが、不思議とすっきりとしていて透明感を失わないのがこのソナタの特徴だろう。
第2楽章アダージョのテーマはとても優美で柔らかく、しかし何かを拒絶するような気高さに満ちた曲想。第3楽章は、アレグレットの軽快なロンドだが、スケールが大きく、奔放に見えて緻密に構築されている音楽。冒頭のロンド主題は、あちこちでさまざまに形を変えて姿を見せるが、それはまるでステージの上を縦横に駆け回るパパゲーノのようでもある。

変奏曲